他人の死生観を聞く

他人の死生観をさんを聞く

人生を活き活き生きたい。
この問題から、死生観が出てきた。
死生観を持つことは、死を深く考え、翻って生きることを考えることだ。
自分の体を通して、死生観を作り出すことだ。

しかし、他人も死生観を持っている。
他人の死生観を聞くことによって、参考にすることが出来る。

死生観を聞く前に、他人の人生を観察することが出来る。
あるがままの人生が提出されている。
偽りなき人生が提出されている。

話には、嘘が入ってくる。

他人に話を聞く。
ある人間は、死を考えていない。
全ての人間から、聞けるわけではない。
活き活きと生きている人間からしか聞けないのかもしれない。

他人の人生観を聞く。
話しには嘘が入ってくる。
実行していないのに、実行しているように話す。
意図的な嘘もあるだろう。
また、無意識な嘘もあるだろう。
自分がしていることを錯覚しているのだ。

嘘は自分の体を通して判断する。

他人の話は、自分の体を通して判断することである。
自分には、5感があり、六感として自分の脳で、判断することが出来る。
六感を通して自分が受け止めているものと、比較してみることである。
他人の話が、受け入れられないものは嘘である。
自分の体を通して判断することである。

結果から判断

他人は色々な死生観を持てるかもしれない。
それがどんな結果を導き出しているか。
その人の人生を見れば判る。
どんな人生の基本姿勢を持っているか。
活き活き生きているか?
投げやりな人生を生きているか?
絶望して、死のうとしているか?
結果から判断することである。

嘘とは何か

嘘とは何か。
人間の五感を通して、死は経験できないことである。
死を知ることが出来ないということである。
死についてはあくまで予測,想像でしかないのである。
確信を持った断定はすべて嘘である。

本は曲者である

他人の死生観を知るには、本がある。
しかし、本はなかなかの曲者である。
著者が本当に実行しているかどうか判らない。
格好のいいことだけを書いて実行していないことがある。
主張と実行が分離している。
平気で嘘を言っているのである。

また、実践した結果が見えていない。
書いている著者が活き活きした人生を送っているのか。
投げやりな人生を送っているのか。
読者には見えない。
とんでもない結果を導き出していても本は書ける。

現実対応

我々が本を読むとき、主張を現実に対応していくことである。
私たちは、六感を通して、体で体験している。
著者の主張を現実と対応させていくことである。
死生観を自分の六感を当して、現実と対をうさせてみることである。
すぐに嘘を見抜くことが出来る。


良いものは取り入れる

欠点を探すために本を読むのではない。
自分にないいい物を取り入れるために、他人の死生観を読むのである。
嘘のない良い死生観は受け入れることである。

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